4.地域が連携した防災対応

 2000年3月31日、北海道の有珠山が噴火をした。規則性があり、予知が比較的容易な火山ではあるが、ほぼ完璧な初動体制がとられたのは、長年にわたる北海道大学の勝井名誉教授、宇井教授、岡田教授らの地域に密着した防災への取り組みの成果である。「科学者の理解だけでは自然災害は減らせない」「目指すのは、人の命を救える科学だ」と岡田教授は語るが、筆者らも同じ理念で、これまで岩手県の津波防災、地震防災のため行政機関や地域住民と連携を図って実務的な対応を進めてきた。        

 地域住民にも行政機関にも、岩手山が生きている火山との認識が欠如し、まさにゼロからのスタ−トであった。不十分ながらも火山防災への取り組みが構築されつつあるが、産学官の研究交流組織「岩手ネットワ−クシステム、INS」が一定の役割を果たしてきたと考えられる。同組織の研究会のひとつである「地盤と防災研究会」には県内の大学・行政・実業界の心ある仲間約200名がつどい、交流を深めてきた。

 1998年3月以降火山性地震が頻発し始めたものの、火山防災への経験のない行政機関の反応は敏感とはいえない状況にあった。そこで、1998年5月16日同研究会の中に、東北大学大学院理学研究科地震・噴火予知研究観測センタ−、岩手大学工学部、同教育学部などの研究機関、建設省東北地方建設局岩手工事事務所(現、国土交通省東北地方整備局岩手工事事務所)・盛岡営林署(現、盛岡森林管理署)・盛岡地方気象台・陸上自衛隊岩手駐屯地など国の機関や岩手県総務部消防防災課(現、総合防災室)、同土木部(現、県土整備部)砂防課、同商工労働観光部観光課、岩手県警察本部など県、盛岡市・滝沢村・雫石町・西根町・玉山村・松尾村の岩手山周辺六市町村の防災担当者、日本道路公団盛岡管理事務所・NTT盛岡支店・東北電力岩手支店・JR東日本盛岡支社などの公益法人やライフライン関係機関、防災や情報関連の民間企業の担当者、さらには地元テレビ局・新聞社などの報道機関からなる「岩手山火山防災検討会」を立ち上げた。同会では岩手大学において定期的に、火山活動の現状を理解し、地域の安全のため横の連携を図るべくざっくばらんな議論を行い、実務的な対策を進めている。検討会後は、大学の学生食堂で交流会を行い、”ひと”と”ひと”のつながりを培うこととした。会を重ねるごとに参加者も増え、国土地理院東北測量部、岩手県立大学、全労済岩手県本部、岩手県農業共済組合連合会、滝沢村山岳協会、岩手県観光協会など、参加者の所属機関は40余を数えている。INSの定例会はこれまで40回を数え、行政の公的な委員会をサポ−トする役割を担っている。 一方、火山との共生を図るためには、地域住民が正しい知識をもち、防災への認識を深めることが不可欠である。地域住民への説明会、学校での防災研修会などの主催や参加も130回を越えている(斎藤、2001a;斎藤・他、2001;斎藤、2001b)。    
 
 防災の実務には、自由な立場にたてる大学関、者が提言し、しかも、高尚なお題目を唱えるだけではなく、自らが汗を流して行動し、行政機関・防災関連機関・地域住民の接点として連携の場を作り上げることが必要である。「INS岩手山火山防災検討会」あるいはそのメンバ−が個人的に行ってきた主な活動は以下のようである。

(1)、岩手山火山防災検討会の開催:公的な委員会では協議しがたい実践的な防災対策の検討や機関相互の調整、火山活動の現状への認識を深める。1998年5月16日から40回開催、参加者40〜80名。

(2)、報道関係者への火山講習会、行政機関・防災関連機関・報道機関の意見交換会、報道機関の局内講習会の開催:研究者・行政機関・報道機関が連携し頂点の住民の安全に貢献する、いわゆる減災の正四面体(三角錐)体制の構築をめざす、約20回。  

(3)、火山噴火予知連絡会や気象庁との連携:行政機関への火山活動の説明や助言を目的とした「岩手山の火山活動に関する検討会」と予知連・気象庁との密な意見交換や情報交換。

(4)、火山観測デ−タの共有と研究者の連携:不確かな独自の観測デ−タを公開することによる弊害(学者災害)とそれをセンセ−ショナルに報道することによる報道災害を避ける。

(5)、行政機関の火山防災体制の構築への提言:「岩手山の火山活動に関する検討会」「岩手山火山災害対策検討委員会」「岩手山火山砂防計画検討委員会」「岩手山火山治山計画検討委員会」の体制つくりと参画。岩手山火山防災マップ、岩手山火山防災ガイドラインの作成実務。岩手県災害警戒本部・盛岡地方気象台・東北大学地震・噴火予知研究観測センタ−・岩手大学相互のテレビ会議システムの構築。西岩手山への県の地震計・地温計の設置。防災訓練の立案と参加。

(6)、行政機関職員・地域住民・学校生徒・民間企業への火山防災研修:火山セミナ−、住民との対話など防災啓蒙活動、約130回。観光業者との安全確保のための対話。新聞・テレビなどの防災特集番組での解説。

(7)、防災先進地の事例の紹介や視察:太田一也前島原観測所長、鐘ケ江前島原市長、岡田弘有珠山火山観測所長、長崎良夫虻田町長らをを招請しての防災研修会の開催。十勝岳・雲仙普賢岳・有珠山などの視察。

(8)、火山観測への企業のボランティア活動の要請:測量・赤外映像解析・水質分析など民間企業との技術協力。報道機関の監視カメラ情報の提供など。

(9)、火山観測:構造探査、噴気調査・火山性微動観測・火山灰調査・県の防災ヘリコプタ−などによる機上観測(約100回)など。



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