3.火山活動および防災対策の経緯
(20)東側入山規制緩和に向けた取り組み

 2000年春以降、火山性地震の数は月に100回程度と減少し、地殻変動もほとんど観測されなくなった。2000年3月7日、雫石町長山で震度4、マグニチュ−ド3.8とこれまでで最大規模の火山性地震が観測されるなど、活動はおさまってはいないものの、活動の長期化のなかで、不況による観光客の落ち込みなどもあり、地域振興の面から表面活動の目立たない東側の入山禁止の緩和の要望が強く出されるようになった。

 地下30〜40kmのマグマの供給部分と推測されるモホ面付近での地震は数は少ないものの発生しており、また東側の地下6〜10km付近ではマグマの活動に関連する低周波地震が継続して発生している。切迫した状況にはないものの、活動は沈静化したわけではない。何かの引き金で、噴火に至る可能性は考えておく必要がある。そのような状況の中で、安全の確保と地域社会の生活防衛との狭間でのギリギリの対処の方法が模索された。県や地元市町村による現地調査や、サイレン、赤色灯、携帯電話など実施試験も繰り返された。そして、2000年11月7日の「岩手山火山災害対策検討委員会」の協議も経て、”現況よりも火山活動が活発化しないことを前提に”異常時に緊急に下山を呼び掛ける警報装置の設置や、登山者にも自己責任の啓発を行なうなど様々な安全確保態勢を整え、2001年7月1日から東側一部一時規制緩和を目指した(斎藤・岩手山登山者対策協議会、2001)。

 2001年6月25日に、「岩手山の火山活動に関する検討会」による東側での噴火は切迫してはいないとの認識、「岩手山火山災害対策検討委員会」の、@盛岡地方気象台による臨時火山情報の発表、A登山口・山頂など11箇所への緊急通報装置の設置による緊急連絡体制の構築、B登山者への入山・下山カ−ドの提出や通報装置の確認など自己責任の啓発、の3要件が整ったとの判断に基づいて、県と関係6市町村の首長が東側4コ−スの10月8日迄の期間、入山の緩和を決定した。沈静化していない火山で、こにょうな登山者の安全対策を構築しで入山規制の緩和を行なうのは、わが国の火山では例のないことであり、火山との共生をめざす新たな試みと評価されよう。

 西側での水蒸気爆発の可能性があるため、噴石が予測される区域の登山道を東に付け替えるなど、考えうる様々な対応が図られた。しかし、緩和後3日間で、入山者1,396人に対し、下山カ−ドの提出率が29.6%に留まるなど、登山者への自己責任の啓蒙は不十分であり、防災担当ばかりでなく、観光・自然保護など関連機関での連携した対応の必要性が改めて問われることとなった。

 火山性地震は横這いで継続して発生していたものの、幸い臨時火山情報が出されるような局面はなく、2001年10月8日に今年度の規制緩和を終了し、緊急警報装置の部品などは避難小屋に格納された。3ヵ月余での入山者(登山者カ−ドの提出)は、26,986人で、下山カ−ドの提出率は最終的に86.5%であった。注意看板の設置や登山口の改良などで下山カ−ドの提出率は改善されたものの、入山者カ−ドそのものを提出していない登山者が1割以上いるとの監視情報もあり、登山者のモラルという課題も提示された。

 その後、西岩手山浅部の高周波地震は減少しているが、東岩手山やや深部の低周波地震は増減を繰り返しながら継続して発生しており、2001年11月には、マグマの供給部分とも考えられるモホ面付近での地震が3年ぶりに20回を越え、27回を記録した。2002年4月30 日には東側やや深部での低周波地震が39回発生、同4月26日から30日にかけ微動も6回発生(2001年は計3回)するなど、地震活動は沈静化していない(仙台管区気象台、2002)。東岩手山の噴火は切迫した状況にはないと考えられているが、もし、新たなマグマの貫入が生じた場合には、短時間で噴火に至るとの危惧の念もぬぐえない。よって、2002年の入山規制の緩和に際しても、2001年と同等以上の安全体制を確保することが必要と考えられた。

 2001年の反省から、観光業者、宿泊施設などを通じて、火山活動への理解を深め、登山者のモラルの啓発を図る事が必要された。そこで、対応に十分な期間を確保すべく、2001年12月27日に第19回岩手山の火山活動に関する検討会、第12回岩手山火山災害対策検討委員会での検討を踏まえ、県と周辺6市町村長が協議し、2002年は7月1日午前6時から体育の日の10月14日まで、東岩手山4登山道の入山規制を緩和する方針を決定した。しかし、安全対策の整備をもとに観光客を誘致しようとの理念は必ずしも浸透せず、PRのチラシは緩和ギリギリの6月に刷り上がり、内容も安全対策にはほとんど触れないものとなっている。下山カ−ドの提出を呼び掛ける人感スピ−カ−の設置など、実務的な工夫の効果か、下山カ−ドの提出率は95%近くに上がっているものの、活動が小康状態で推移する中で火山との共生の意識は急激に薄れつつあるとの危惧が感じられる。


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