■ はしがき ■


 岩手山の火山性地震が頻発し、防災体制の立ち上げに奔走し始めてから、早くも5年余が経過しました。幸いにも、岩手山は噴火に至らず、現在、西岩手山で噴火など表面活動はなお活発な状況にあるものの、地震活動や地殻変動は低下しつつあり、大局的には夏季の登山シーズンのみ入山を可としていますが、表面現象が顕著な西岩手山はなお全面入山規制を継続しています。
 噴気周期の長い多くの火山同様、活火山との認識も防災対応も皆無な状態から、岩手山との共生への取り組みは一定の前進を見ました。民間人でありながら岩手山の噴火史の解明に力を注いでこられた土井宣夫氏、岩手山の観測体制の整備を進めてこられた東北大学の浜口博之教授、このお二人の長年に渡る献身的な努力がなかったなら、岩手山火山防災マップや岩手山火山防災ガイドラインの迅速な策定とそれに基づく防災体制の立ち上げは不可能でした。地元岩手大学に火山観測の拠点がない欠点を補うべく、観測情報を提供し助言いただいた火山噴火予知連絡会の井田喜明会長をはじめ同メンバーの方々や大学、気象庁、国土地理院、防災科学研究所、産業技術総合研究所などの防災、研究機関のお力添えは地元関係者の大きな支えでした。太田一也先生をはじめとする雲仙普賢岳の関係者、岡田弘先生をはじめとする有珠山の関係者などには、減災へ何をなすべきか、噴火経験に基づく具体的なご指導を戴きました。小生の無礼かつ強引な舵取りにもかかわらず、減災の四角錐体制のご尽力戴いた増田寛也知事、岩手山周辺6市町村の首長さんをはじめ、地元行政機関、防災関連機関、報道機関、民間企業、地域の方々など、本当の多くの”仲間”と呼ばせて戴きたい方々のご理解とご尽力がなければ今日の状況は生まれなかったと思います。
 2002年10月の火山噴火予知連絡会の見解で、「水蒸気爆発の可能性」の文言が削除されて以降、岩手山活動はおしまいとの雰囲気が強まっています。しかし、長期的な共生への持続的な取り組みをどうするのかなど、今後の課題は山積しています。防災意識の風化が避けられないものなら、あえて抵抗せず、万一のための再起動プロジェクトの構築がむしろ有効かも・・・なども考えております。
 いづれにしても、行政の連帯責任と関係機関の連携を基本とする「岩手方式」の火山防災のありかたは、噴火周期の長い火山でのお手本となりうるものであり、また、再起動のためには活動と防災対応の経緯をきちんと引き継ぐことが大切と考えられます。岩手山の活動はなお継続しており、いつの時点で区切りがつけられるかはわかりませんが、現時点での整理を行うべく、何冊かの資料の取り纏めを行いました。
 本冊子の「岩手山の火山活動と防災対応の経緯〜共生への5年間の取り組み」は、活動の経緯や火山防災マップ・ガイドラインの内容、入山規制緩和に向けた対応、関係機関の連携に貢献したINS岩手山火山防災検討会の活動をまとめたものです。取り組みの中では、あきれつや失敗も多々あり、記録に残すべき大切な事柄は他ににも多くありますが、とりあえず5年目の節目に、要点のみを備忘録がわりに整理しました。さらに、「岩手山の火山活動と防災対応の経緯〜新聞報道は何を伝えたのか」は、5年余の間に目に触れた約2千5百の岩手山関係報道記事のうち、525記事をまとめたものです。当初から報道関係との連携ができたことにより、記事のほとんどは本質的に的をえたものであり、時系列的に経緯を知ることができます。これら2冊の冊子は、関係機関に配布させて戴きますので、今後の火山との共生へのさらなる前進をめざし、お気付きの点をご教示、ご指導戴ければ幸いに存ずる次第です。
 なお、表面現象の変化に関する現地観測結果をまとめた「岩手山表面現象の推移〜予知連・県検討会へ提出資料集」、小生が関係者や報道機関などに提示した情報メモや提言など500編余をまとめた「岩手山火山防災への提言」も作成しましたが、これらは部数に限りがあるため、イーハトーブ火山局や大学図書館などで閲覧していただくこととしております。
 岩手山が平静な姿を取り戻すと共に、今回の活動の契機に岩手山との共生の新たなステージが始まることを祈念致しております。

2003年3月
編著者   斎藤徳美
               岩手大学工学部教授
                          岩手山の火山活動に関する検討会座長
                          岩手山火山災害対策検討委員会委員長
                          INS岩手山火山防災検討会だ代表幹事