■ 人のネットワークが支える火山防災 ■

 皆さんご承知のように、岩手山の火山活動が活発化し、噴火の恐れも指摘されるようになって、はや二年余りです。    
 私が岩手にお世話になって、二十二年が過ぎました。母なる北上川の流れと父なるたくましい岩手山に抱かれる、自然豊かな地との印象は、住みはじめた当時と変わりませんが、その岩手山と厳しく向き合うことになろうとは、夢にも考えておりませんでした。   地震や津波防災を研究していた関わりで、岩手山が噴火した際の被害予測図や火山防災の指針となるガイドラインなどの作成から、具体的な防災対策まで携わることになりました。その活動のなかで痛感したのは、人と人との心のつながり、ネットワ−クの大切さです。
 大学は、かつては、”象牙の塔”と呼ばれた時代がありました。研究のための研究で実社会にちっとも貢献しないとの、皮肉もこめられていたように思います。でも、いま、地方大学は地域の振興や安全に貢献することによってなりたっています。特に、地震・火山など自然災害に係わる研究は、地域の防災に役立って初めて価値があるといっても過言ではありません。
 自然の中で生かされている私たち人間にとって、自然災害から逃れることはできませんが、被害をへらす、すなわち減災は可能です。そのために、減災の正四面体構造という考え方が提唱されています。観測を行う私たち研究者、防災の実務的な対応を行う行政機関、そして、正しく迅速に情報を伝達する報道機関が互いに信頼し、連携して初めて地域の住民の安全が守られる、という考えです。
 その考えを実践すべく、岩手大学には、盛岡地方気象台・建設省岩手工事事務所・盛岡森林管理署・自衛隊岩手駐屯地など国の機関、岩手県・盛岡市・雫石町・西根町・滝沢村・玉山村・、松尾村など岩手山周辺の自治体、道路公団・東北電力・JR東日本・NTT盛岡支店などのライフライン関係機関、さらに新聞・テレビ局など報道機関など、さまざまな機関の防災担当者が定期的に集まっています。そして、ざっくばらんな意見交換をして、互いに連携して地域の安全のための対策を進めつつあります。
 集いは、勤務時間ではなく、休日に、まさに地域の安全に少しでも貢献したいという個人の自由意志に基づいており、この、ひとのネットワ−クは、岩手の防災を支えると共に、岩手方式として他の地域から注目を集めています。
 こんなふうに述べると、現役で職務につく人たちのみが社会に役立つのかと思われるかも知れませんが、そうではありません。役場を退職したAさんは、長年岩手山の周辺を歩いた経験をもとに、植物や泉の様子を調べ、その変化を教えてくれます。ボランティアで自然保護の役割を担っているBさんからは、山体に噴気などが見えるとの情報を何度も戴きました。私たちが、調べがたい貴重な情報を集めてくれるのは、そうした地域の方々です。町内会で、自主防災組織の立ち上げや、災害弱者とよばれるお年寄りの世話をしてくださるのも、同じお年寄りの方々ですが、このような草の根の活動が地域防災をささえるいしずえになっているのです。
 励ましだけでも大きな力になります。こんなことをいうと笑われそうですが、実は、私は、本当は気が小さくて神経質で、こまった性格なんです。自然は私たち人間の英知をはるかに越える存在であることを考えると、噴火をどこまで予測できるのか、本当に安全を守れるのか、考えると夜も眠れません。山麓を歩くと、「齋藤さん、いつになったら山はおさまるの」とお叱りではないでしょうが、そういわれます。「オレがヤマを動かしたわけじゃないんだ!」と叫ぶわけにもいきません。
 休日もなく走り回り、めげそうになったこともありました。公民館での住民説明会の終わりに、杖をついた老婦人がそばにきて手をにぎって声をかけてくれました。「あなた、山がむずかしいことがよくわかりました。予想がはずれても決して責めたりしませんよ。どうか、体だけは大事にして頑張ってね。」手のぬくもりと眼差しに、涙がこぼれました。今でもはその励ましは、大きな支えになっています。
 老若男女、仕事に関係なく、人は社会に貢献することが出来ます。そして、ささやかでもその役割を担ってこそ、生きる喜びも生きがいも感じられるものと思います。これからも、互いに集う”ひと ”のネットワ−クを大切に、めげながらも、今わたしに与えられた役割に力を尽くしたいと思っています。
 そして、穏やかに岩手山を眺めることのできる日が訪れることを願っています。

FM岩手 2000年7月放送より


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