■ 岩手山への理解正しく ■

 岩手山の入山規制が一部緩和され、幸いに大きな事故もなく経過していることをうれしく思う。しかし、登山者などから、山の現状に関して、誤った認識ではと思われる声を耳にする。西側の噴石予想地点という「杓子定規」の線引で足場の悪い新ル−トをつくる必要があるか、秋田駒ケ岳では噴火を眺めに多くの人が登っていたのに、岩手山では過剰反応ではないかなどの声が本紙にも掲載されている。
 三年余、防災対策の構築から規制緩和まで携わった「岩手山火山災害対策検討委員会」の一人として、私見を述べさせて戴きたい。 西側では過去約七千四百年の間に少なくても八回の水蒸気爆発が繰り返されたことが明らかにされている。そのうち、約三千二百年前の噴火が最大規模であったことから、それと同規模の噴火を想定し、十センチ以上の噴石が降る危険範囲を示している。勿論、この線の内外で百%安全だ危険だと区分できるものでない。また、水蒸気爆発は事前に予測し警報装置で避難を呼び掛けることが難しいため、出来るだけこの区域から離れること以外に安全をめざす手だてはない。
 大地獄谷から黒倉山、姥倉山にかけての噴気活動は頭打ちのようにも見え始めているが、水蒸気爆発の可能性はゼロではない。沈静化していない火山での規制緩和という困難な課題に、様々な角度から検討した結果であって、断じて「杓子定規」な線引ではないのである。
 岩手山のように活動周期が長く経験則のない火山で、噴火の形態や規模を正確に予測することは難しい。 三十一年前の秋田駒ケ岳の噴火は、溶岩の噴出が主で、たまたま山麓に被害は及ばなかったにすぎない。経験則もあり、一旦安全宣言の出された三宅島では、山頂の陥没と多量の火山ガスの噴出という予想外の事態に、今後のメドすら立っていない状況にあることはご承知のとおりである。まして、岩手山は過去に火砕サ−ジ、火山泥流、さらには山体崩壊とありとあらゆる形態の災害を引き起こしている火山である。
 減災には、微小な山体の変化も見逃さず、何が起きるのかを予測することが不可欠である。そのため、電源もなく、冬期には雪に埋もれる山の中で血のにじむような努力が行なわれている。活動の目安の一つとして、本紙にも毎日掲載されている火山性地震の回数は、二十年前から松川の地下の観測井に設置されている地震計によるもので、観測機器の増設が地震回数が増加しているとの印象を与え、過剰反応を引き起こしているとは思わない。ちなみに、通常は年に数回も発生しない火山性地震が、減少したとはいえ月に数十回発生していることは事実なのである。
 生きている火山との認識が欠如していた岩手山周辺に生きる住民の一人として、活動の現状を正しく理解し、火山との共生を目指す努力を継続することを強く望んでいる。たとえ、幸いにして今回の活動が噴火に至らないとしても、岩手山はすぐそこに存在し続け、いつかは自然の脅威に対峙せざるをえないことは確実なのだからである。

岩手日報「論壇」2001年7月19日掲載より

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